「にゃーん」
「にゃぁーん♪」

我が家では今日も微笑ましいかけ合いが聞こえてくるが気をつけろ! うち一つは妄想だ!!
白黒の、ハチワレの牡猫と真っ黒なドレスを着た愛ドールがまた真っ黒な翼をぷるぷるさせてキッチンの床に座り込んでいて、猫毛が舞う。ドレスにつく。

「にゃーん」
「にゃぁーん♪」

黒い所が白い猫毛で「あーあー」って感じになっている。職場のナースが猫毛真っ白のカーデを纏い出勤した時に「あなた」って思ったが「何か?」って反応だったのでスルーした。俺もきっと大差ない。(脳内)彼女はこれっぽっちも気にせずかわいいかわいい猫と遊ぶ。猫とともにあるのなら、当たり前のことだから。それを彼女は分かっている。かわいいかわいい水銀燈!

ある程度の誇張を含む。
猫を飼いたかった。ずっと飼いたかった。猫と一緒にいたすぎてどうにかなりそうだった。
実家の八匹の猫達は18歳とかで、老衰で、デブリンの称号を欲しいままにしていたくせに皆痩せて、短い間に目覚めない朝が続いた。
実家の猫は一匹になっていた。名前は王子。多分今16歳。

住んでいた三階の部屋に不満はなかったが、ペット禁止だった。だから、生まれて初めて自主的に引越し先を探し始めた。
すぐに候補は見つかった。今のところから歩いて数分、しかも駅により近くなる上にワンルームじゃない2Kで鉄筋。ここだ! と思った。

ただ気になるのはウェブの情報ではどうしても建物名が分からない。番地までしか開示されておらずその物件がどこにあるのか分からないのだ。
ぐぐった。すごいぐぐった。分かった。
駅に行くついでに何度か見てみた。それで気付いた。

ゴミ捨て場。次にベランダ。
洗濯物から察するに、この古めの団地の入居者は恐らくみんな高齢者で、そしてゴミ捨て場はカオスの一言でめちゃくちゃだった。ゴミ捨てルールに厳しい武蔵野市じゃないみたい。
正直いやだなあ、と思った。自分はご老人の介護に関わる仕事をしているから、こう、なんとなく、入居者層のエッジな感じがリアルに肌に感じた。猫と二人住むには申し分ないけど、おんなのこどころか、家族を呼ぶのもはばかられる、それが率直な印象だった。
けれどペットOKの物件は少ない。家賃そこそこで選ぶならなおさらだ。どこかで妥協しなければならない。それくらい俺は猫が必要だった。


年齢を重ねると停滞していく。それは我が身で実感している。

頭の中にあるのはいつも、お酒に弱くなったこと、失敗したこと、歯をごっそり失ったこと、それと同僚の死。
数年そればっかりぐるぐるしている。
多分三年前と今で何も変わりはないし、成長もない。できることといったらどこかへ行くことくらいしかないと思った。
決めかねたまま年は明けた。

ところで、俺は自分の特殊な活動の中である人と5年くらい交流を持っていた。
彼は言ってみれば「ちょっとイっちゃってる俺のファン」だった。アレな感じはあったけれど、やっぱり認められることは嬉しくて、何度となくチャットした。めんどいからボイスを要求をしたけれど、彼は頑としてそれを飲まなかった。曰く、「聞こえた声が変なオジサンだったらどうすればいいんですか」。知らない。そんなこと知らない。俺はもうとっくにオジサンだった。

言葉にするのなら、彼は俺に対して、ファンから友達になろうとしていた。
勝手に入っているチャットの内容は個人的で、感情的で、レスに困るものが多かった。
共通の話題には返したけれど、その多くを俺はスルーした。何度か感情的な言葉の羅列を経て、うんざりした俺は多分「そんなことを聞かせられても不快でしかない。俺は君の友達じゃない」的なことをタイプした。彼は激高した。

翌日帰宅すると長文の謝罪チャットが入っている。噛み合わない一方的な会話をこれでチャラにするつもりだろうか。そんなことが三回くらいループした。
君を気持ち悪いと思う理由、それは文章がどこまでも構って欲しい好意的反応を待ち続ける「恋する乙女モードだから」と言った。相手は男だ。特殊な活動は性的なものを含む。俺はゲイではないし、その活動も特殊だがヘテロだ。

「そうだよ、おれはあんた(の書くもの)が好きなんだよ、だのにあんたの(おれへの)不誠実っぷりたるや的なことを」
恋する乙女はかつてなく激高して俺への罵倒を羅列した。さすがに身の危険を感じた。ねとらじをしている頃より、俺は自分の住所を明かしていた。彼も知っていた。

翌日の職場、屋上の喫煙所で先輩に「刺されるかもしれないので出勤してこなかったら証言して下さい」と冗談交じりに言ったが九割がた本気だった。
好意のあるなしに、コミュニケーションの成り立たない相手がいることを初めて知った。


「にゃーん」
「にゃぁーん♪」

マイキャット「たった」は元野良猫だ。
ご家庭を巡回して可愛い反応を見せて、ご飯を貰っていた愛されキャットこと地域猫。
知らない人を前にしても「にゃーん」って呼びかけるしゴロゴロ言う。すり寄る。かわいい。
縁があってうちに来た。もう一年半くらい。
三つ子の魂的に、態度は媚び媚びだし、アマガミもうまい。友達が来ても臆せずにゃーにゃー言う。かわいい。

俺の視線をいつも意識している。俺がトイレに立つと瞬時に追ってくる。だから熟睡できない。
飢えた野良猫だったから、始めは食にも貪欲だった。満たされない。餌を食べても人のものを狙う。奪う。あまつさえ猫砂も食べる。不憫だし、俺は部屋で食事できないしで、半年くらい難儀した。朝早く出勤して職場で食べてた。あんまり辛いときには近所の焼き鳥屋に逃げてた。

「にゃーん」
「にゃぁーん♪」

収まった。治った。
たったは飢えなくなったので、人の食事を狙わなくなった。今ではお刺し身で一杯やれる。うれしい!
変われるのだ! 穏やかを認識できればきちんと適応できるのだ! それっきりそのままってことはないのだ!
俺の視線はいつも意識している。
けれど、コタツの中にもぐることでたったはそれを一時克服できるようだ。俺が見えない。俺からも見えない。コタツの中ではいくらでも眠れる。この猛暑の中コタツはある。


去年の二月、日課のスーモを見てたらこの部屋を見つけた。
ペットOKで小さな一軒家の一階。上は個人会社の事務所だった。夜や土日は誰もいない。隣人がいない。しかも安い! 決めた。
すぐに引っ越して、その月の下旬にたったをお迎えした。
幸せが始まった。そしてもう一年半。まだ幸せ。ずっと幸せ。
こんなに引きこもりだと思わなかった。俺は外に出ない。本気でまじで、外に出てない。


「にゃあーんにゃあーん」
「にゃぁーん?」

たったが窓の外に向けて呼びかけていた。いつもと違う声。あんまりずっと鳴いてるので見に行った。
外に白い猫がいて、たったと見詰め合っていた。

「にゃあーんにゃあーん」
「にゃぁーん?」

愛され地域猫だったたったは、よその猫に対してもまるで「おいでよ」と言うかのように、親しげに呼びかけ続けてた。
白い猫はびっくりして、そのまま10分近く見詰め合っていた。
うちの子になればいいのに! きっとうまくやれると思う!

「でももう一匹飼ったらぁ」
ん?
「もう貴方に依存してくれなくなって、寂しくなるんじゃなぁい?」
んあー
でも絶対、二人きりより、三人のほうが良くなるに決まってるんだよねだって三人から社会だから!

「今だって三人よぉ」

黒いドレスに白い猫毛をびっしりつけて銀様。
不思議そうな、笑顔。

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